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大阪地方裁判所 平成2年(ヨ)1694号 決定 1990年8月29日

申請人

ピーター・ブロック・デービス

被申請人

松下電器産業株式会社

右代表者代表取締役

谷井昭雄

右訴訟代理人弁護士

松本正一

森口悦克

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び疎明と審尋の結果によって認められる事実を総合すると、次のとおり認定することができる。

1  申請人は、わが国に在住するカナダ国籍の外国人であり、被申請人は、電器機器等の製造・販売等を目的とする株式会社である。被申請人においては、各事業部ごとに独立採算制を採用しており、その精機事業部では工業用ロボット等のいわゆるFA機器やそれらを組み合わせた生産システムの開発・製造・販売等を業務内容としている。

2  被申請人の精機事業部では、昭和六三年ころ、業務内容が急速に拡大し、特に外国企業向けのドキュメンテーションやサービスマニュアル等の作成業務を充実させる必要が生じたため外国人技術者を求めており、被申請人の全社的な一般嘱託人事取扱基準をもとに、外国人技術者用の人事取扱基準を策定し、外国人技術者をいわゆる嘱託社員として雇用する方針を決定した。右の取扱基準によれば、採用対象者はファクトリー・オートメイションの研究者・技術者として高度の資格・学識を有する者や実務経験のある者等に限定され、賃金体系が正社員と異なるほか、他の労働条件については概ね正社員に準じた扱いを受けるものとされるが、試用期間が設けられていない反面において契約期間は原則として一年間とされ、被申請人が必要とする場合には契約を更新することができるものとされた。

3  申請人は、被申請人の精機事業部における前記外国人技術者についての取扱基準の最初の適用例となったものであり、昭和六三年七月二一日、被申請人との間で、同日から一年間の期間の定めのある労働契約を締結し、申請人は、工業用ロボットのセールスエンジニアリング、サービスマニュアル作成等の業務に従事した。

4  被申請人の精機事業部の人事担当者らは、平成元年六月、勤務成績不良を理由に前記契約期間の満了による申請人の雇用打切りを検討したが、申請人と協議のうえその担当業務を変更するなどし、同年七月一七日、一年間(平成元年七月二一日から同二年七月二〇日まで)の期間を定めて労働契約を更新した。しかしながら、平成二年六月に至り、被申請人の精機事業部では再び申請人の処遇が議論され、主に勤務成績不良を理由として申請人との労働契約を再更新しない方針が決定され、同月一四日、申請人に対して労働契約を更新しない旨が通知された。

二  ところで、労働契約について期間を定めることは、それが一年以下の期間であれば、当事者間の私的自治に委ねられるべきものであり(労働基準法一四条)、定められた契約期間の満了により、契約関係は当然に終了するのが原則である。もっとも、このような有期の労働契約が反復更新され、期間の定めが形骸化して労働契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在しているものといえる場合には、使用者の更新拒絶につき解雇に関する法理を類推適用することができるものと解すべきである。

本件についてこれを検討するに、申請人と被申請人との労働契約に期間の定めがなされた経緯は前記認定のとおりであって、有期の契約が締結されたことについてはそれなりの合理的根拠があったものというべきで、期間の定めが単なる形式だけのもので当初から毎年更新が予定されていたということはできず、また、本件当事者間の労働契約は過去に一回更新がなされただけで、申請人の側に長期継続雇用を期待させるような言動があった形跡もないのであって、申請人側に更新を期待しうるだけの格別の合理的理由はなかったというべきである。してみると、本件の更新拒絶の措置に解雇に関する法理を類推適用する余地はなく、本件当事者間の労働契約は、平成二年七月二〇日の経過によって当然に終了したものというべきである。

なお、申請人の被保全権利に関する申請理由は、必ずしもその趣旨が明確ではないが、以上の認定・判断を妨げる事由とはいえず、主張自体において失当である。

第三結論

以上によれば、本件申請は、被保全権利の疎明がなく、疎明に代えて保証を立てさせて許容するのも相当でないので、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 石井教文)

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